2021年06月18日

バルカン地方の美しい田舎町の伝統的住宅と刺繍

オスマン帝国の侵出によって、長い間複雑な民族対立やキリスト教とイスラーム教の対立など複雑な歴史的環境に置かれたバルカン半島。

モンテネグロの首都ポトゴリッツァから車で5時間ほど、国の北東部にプラヴという町があります。
モンテネグロ最大の氷河湖であるプラヴ湖畔にあり、プロクレティエの山々に囲まれています。
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この町には15世紀に建てられた‘クラ‘と呼ばれる石造りの家が残っています。
‘クラ‘については、以前このブログでもご紹介していますので、一度のぞいてみてください。
先祖が使っていた昔の生活用品がそのまま残されており、すぐにも使えそうなほど綺麗に手入れがされていることに驚かされます。

◇モンテネグロのプラヴにある伝統的家屋「クラ」
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東ヨーロッパの住宅では、いい意味で素朴でかわいらしい暮らしにふれることがよくあります。
プラヴの伝統的住宅で出会ったファブリックもその一つです。
モンテネグロに限らず、東欧刺繍は有名ですね。

この住宅でも、刺繍の施された白い布が様々な場所で使われていました。
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ベッドカバーやまくらカバー、カーテン、タペストリーなど、それぞれ刺繍のデザインが違っています。
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外国の住宅を訪ねた時、こういうアイテムを見つけるのも楽しみの一つとなっています。



ラベル:クラ プラヴ 刺繍
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2020年11月30日

モンテネグロのプラヴにある伝統的家屋「クラ」

モンテネグロ東部の町プラヴには、クラと呼ばれる古い石造りの塔状の住宅が建っています。

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この住宅の起源は15世紀にさかのぼります。
15世紀に造られたのは1階と2階の石造の部分で、1階が馬や羊などの家畜スペース、2階が住居として使われていました。
戦いの多かった時代には近所の住人が逃げ込んで籠城する防衛の塔としても使用されたとか。
上の木造部分が増築されたのは17世紀だそうです。
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増築後は、2階がリビングルームとキッチン、トイレ、食料保存庫など、3階はにベッドルーム及びリビングルームとして使われていました。
石造部分の2階に木製の出窓が見えますが、そこがリビングルームの場所です。


この住宅の所有者のスコさんに話を聞きました。
スコさんは、現在、40年ほど前に隣に建てた家で暮らしています。
しかし、先祖が代々住んできたこの伝統的家屋のこともとても大切にしているそうです。
伝統的な家屋を丁寧に修復して守っており、保存状態は極めて良好でした。

数ある窓の中でスコさんがとりわけ好きなのはこの窓。
この窓から外の人たちの姿をよく外を眺めていたそうです。
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2階のキッチンです。
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3階のリビングルームとベッドルームです。
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3階は風が強いため、窓を守るために格子状の木製扉がつけられています。
窓の木枠と扉は、修復されてはいるますが、造られた当時と同じだそうです。
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住宅の中には、実際に家族が使ってきた物や、この地方の収集品が飾られていました。
どれもきれいに磨かれていて、一つ一つのものをとても大切にしていることが伝わってきます。
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現在の新しい家のほうにもたくさんの収集品が置かれていました。
大変な数のコレクションです。
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スコさんのような方たちのおかげで、こうした伝統的家屋や道具を次の世代に受け継いでいけるんですね。







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2020年11月29日

コトルの時計塔とそれを守る人

モンテネグロの美しい街コトル。
その中心「武器広場」を囲む建物の中に、コトルのシンボル「時計塔」があります。
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「武器広場」という名は、ヴェネツィア共和国領時代、ここで軍需品が作られ保管されていたことに由来するそうです。


コトルの時計塔は、1602年、ヴェネツィアの知事、アントニオ・グリマルディの命によって建てられました。
「ブンジャト」という石積みの工法で積まれた、地下1階地上3階の頑丈な組積造建築です。
コトルは、1563年と1667年、1979年など、何度か大きな地震を経験しましたが、地震のために、この塔は現在20p程曲がっているそうです。

塔の2つの壁面には、それぞれひとつづつ丸い時計があります。
もともとは4面全部に時計があったのかもしれませんが、2面の壁面は隣の建物に埋もれています。


時計塔の建設から400年以上経っていますが、この2つの時計は今も現役で、正確な時刻を刻んでいます。

実は、それには理由があります。
時計塔の1階に、時計修理店があり、その所有者であるホメン家が、何世代にもわたって時計塔の管理をしているからなのです。

ルジュボミール・ホメンさん。75歳。
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ルジュボミールさんは。毎朝8時頃に時計塔に来て、時計の上部まで登り、大きな石を巻き上げて整備をしているそうです。
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彼は、12歳の頃、父親にこの仕事を習い始めました。
もともとは、19世紀、この時計塔の修理のためにオーストリアから呼ばれた彼の曽祖父が、コトルの美しさに感動して、ここに移住してきたんだそうです。

曽祖父、祖父、父、ルジュボミールさんと、4代の時をつないで、彼らがこの時計塔を守り続けてきました。
だからこそ、この時計塔は今も30分ごとに正確にベルを鳴らしています。


アドリア海沿いの町にはどこも、コトルと同じように、市の時計塔があるとききました。
そのすべての時計塔に、それぞれの物語があるのかもしれません。


ちなみに、コトルの街は、映画「紅の豚」の舞台だとも言われているようです。



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2020年06月04日

明日のBS-TBS『世界の窓』はモンテネグロのプラヴの窓です!

BS-TBS『世界の窓』明日の放送は、先週に引き続き、弊社が撮影コーディネート及びリサーチを担当したモンテネグロの窓です。

◇2020年6月5日(金)よる10:54〜11:00 
BS-TBS 『世界の窓』
#675モンテネグロ/プラヴ「石造の塔」


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ぜひご覧ください!

◇番組公式ホームページより
モンテネグロ北東部の街プラヴ。
町にはクラと呼ばれる石造の塔がいくつも建っている。
それらは町の見張り塔としての役割があった。
最も古いのは15世紀に建てられたと伝わる。
四角柱の4面のうち、3面に出窓がついている。
そのクラの一族は統治者でもあったので、窓辺の椅子に座り訪れる人々を見ていた。
さらには祈りの前のお清めのために作られた出窓もある。
代々守ってきたその一族の誇りとも言える石造の塔だ。



また、前回5月29日の放送は、モンテネグロの古都「コトル」の窓でした。
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◇番組公式ホームページより
#674モンテネグロ/コトル「コトル湾の宮殿」
モンテネグロの港町コトル。
その中心にある広場に、18世紀初頭に完成した宮殿があった。
地元の伯爵が建てたその宮殿は、白い石壁に均等に配置された窓と緑の鎧戸が映える。
海風が強い季節に合わせ、ルーバー窓や突き出し窓など様々な開き方で調整できるようになっている。
そして窓枠は、近隣の島からその場で切り出し加工して持ってきたものだと言う。
それはまさに富の象徴だった。






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2019年11月05日

モンテネグロのオストログ修道院


首都ポドゴリツァから北西に向かう国道M18号線を車で走りました。
まぶしいほどの青空の下、周囲にはブドウ畑や小麦畑が広がります。
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岩肌をくりぬいて作られたトンネルを超え、風の心地よさから徐々に高度が上がっていくのが感じられます。
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途中、裸足で坂道を上っていく人たちをたくさん見かけました。
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坂を上っていく人たちが目指していたのは、そう、ここ、オストログ修道院です。
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標高800メートル、九十九折の坂道を延々と上った先の長い階段の末に、この修道院はあります。

修道院の入口付近では、たくさんの人が毛布を敷いて休んでいました。
モンテネグロの近隣諸国から巡礼に来た人達はこの場所で祈り、修道院の傍で2日間を過ごした後にそれぞれ帰途につくんだそうです。
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断崖絶壁に埋め込まれたように建つ白亜のオストログ修道院は、ダニロヴグラード自治体内に位置し、聖母被昇天教会と聖十字架教会という二つの教会で構成されています。モンテネグロ最大のキリスト教の聖地であり、世界中から毎年10万とも100万ともいわれる人々が巡礼に訪れます。
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修道院は17世紀に聖ヴァシリエというひとりの修道士によって築かれました。それ以降、俗世と切り離されたこの土地で、多くの修道士が祈りを捧げてきました。

岩間から湧き出る聖なる水。この水を飲むだけで、身も心も洗われ、それまでその人の起こった忌わしい出来事をすべて洗い流してくれるんだそうです。
裸足でここまで上ってきた人たちは、新しい人生を切り開く願掛けをしているのです。
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こんな小さな巡礼者が昼寝から目覚めました。
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セルビアからやってきた家族です。数年前から今回の巡礼を計画していて、やっと実現したんだそうです。
「ここで、マケドニアから来た巡礼者と知り合うことができたんだ。ここは『世界の窓』のような場所だよ」
長男がそう語ってくれました。
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教会から山の下を見下ろした風景です。
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「オスマントルコ時代、セルビア正教徒は、山の上のより高い所へ隠れるようにストーンハウスを築き、周囲の山を工夫して開墾して、自分たちの命と生活、信仰を数世紀の間守って来たんですよ」
そう話してくださったのはポドゴリツァからやって来た日帰りの巡礼者です。
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山の下からは上にある修道院も民家も畑も見えず、木々が隠れ蓑の役目を果たしてくれたそうです。

posted by Backbone at 00:05| モンテネグロ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする