2017年04月23日

エルサレムからベツレヘムへ

パレスチナ自治区にあるベツレヘムは、新約聖書でイエス・キリストの生誕地とされている町です。

三宗教の聖地エルサレムからは約10kmしか離れておらず、世界各地から観光客や巡礼者が訪れます。


エルサレムからベツレヘムへ向かうバスに乗ってみると、ベツレヘムに近づくにつれ、徐々に、山の上に建設された入植地が見えてきます。

入植地は防御しやすい山頂に作られており、壁で守られています。

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パレスチナ人がエルサレムからベツレヘムに行く場合、エルサレムの旧市街の門近くの専用のバス停からベツレヘムチェックポイントまでバスに乗り、ベツレヘム検問所を歩いて通過します。

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検問所で身分証明を提示する女性

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検問所を出た後、パレスチナ西岸までの通路

以前は暑い太陽、寒さ、雨にさらされていましたが、イスラエルが屋根を作ってくれたので、朝夕の長打の列に並ぶのも楽になったそうです。

このバスを利用できるのは、イスラエル国籍を所有するパレスチナ人とイスラエル入国許可を持った西岸在住パレスチナ人だけです。

エルサレムとベツレヘムの実際の距離はたった10kmなのですが、途中に検問所と壁があるために、心理的な距離はもっと遠い気がします。


検問所から出るといきなり9メートルの高い壁が見えます。

ベツレヘムは第二インティアーダでイスラエル人に対する攻撃が激化したところですので、徹底した壁の建設が行われてきました。

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この住宅は3方向を壁で囲まれ、窓からの景色が失われてしまったそうです。

その向こうにはさらに壁があり、知り合いの家に行くのに、その間の通路を通っていかなくてはならず、かなりの大回りを強いられているのだとか。

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ベツレヘムからエルサレムに戻る時には、乗り換えのない直通バスに乗りました。

しかし、このバスの場合も、パレスチナ人だけは検問所で全員一旦降ろされます。

軍人による身分証明書のチェックが終わって、彼らが再度バスに乗り込んでから再出発です。


バスの中で出会ったパレスチナ人によると、これを毎日繰り返すしているんだそうです。

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そのパレスチナ人は、

「パレスチナの土地を奪い返せる日は遠いと思う。自分にはイスラエル人の友人もいるし、共生を否定しているわけではない。」

「戦えば戦うほど壁は高くなる。分裂は顕著になる。迫害は強くなる。時には職を失うことにもなり、生活がしにくくなる。」

「イスラエルで重労働をしているのは、今でもパレスチナ人。農業、土木工事、運搬業、ホテルの清掃係など。イスラエルには安い労働力が必要なので、その中には、入国許可を持たず通過を黙認されているケースもあると聞く。また、イスラエル人が身請け引き受け人をしてくれることもある。」

「共生は浸透しているものの、パレスチナ、イスラエル双方が過激分子を抱えているのは事実である。」

などなど、多少諦めムードで話してくれました。

物価も高く、給料や収入が上がらない中、イスラエルとパレスチナ自治区への二重課税を強いられており、パレスチナ庶民の生活は確実に悪化しているそうです。

そして、多くの若者は、地域の中に閉じ込められて自由に移動できない生活よりも外国へ行って暮らしたい、この閉塞感から抜け出す方法はないかのと、模索しているようです。


今日は、少し重いテーマになってしまいましたね。

でも、これが、パレスチナのひとつの現実です。



posted by Backbone at 14:18 | TrackBack(0) | パレスチナ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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