2019年10月21日

モンテネグロの首都ポドゴリツァ

モンテネグロはバルカン半島に位置する人口62万人の小さな国です。
首都はポドゴリツァ。
現在モンテネグロ最大の都市です。
山々に囲まれ二つ川が合流するこの町の歴史は古代ローマ以前にさかのぼり、歴史の中で何度も町の名を変えてきました。
年配の方であれば、第二次世界大戦後から1992年までの名称「ティトーグラード」のほうがなじみがあるかもしれません。

街の中心には、独立広場(旧・共和国広場)があります。
2006年の大規模な改修で全体が舗装され、中央に噴水が建設されて、車の入らない広場になりました。
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街のあちこちのベンチで、市民がくつろぎの時間を過ごしていました。

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ベンチに座る二人の女性


中心街の古い建物が立ち並ぶ一角で、こんなアート作品を見つけました。
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カフェバーも派手に塗られています。
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恐る恐る中に入ってみると。
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中は、若者たちの仕事場兼社交場でした。
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この若い三人組には、郷土料理の穴場を教えてもらいました。


洒落た小物のお店の入口には武器をもった男性と楽器の絵が。
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街のあちこちに銅像もあります。
ちなみに、これは、ロシアの文豪、プーシキンの銅像だそうです。
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道を尋ねると、誰もが親切に答えてくれます。
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旧市街にも行ってみました。
ここは現在も住民の生活空間です。
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旧市街で暮らすこの男性は、毎日夕方4時頃から、ここで地元のビールを1本飲むのが日課だと言っていました。とは言いながら、瓶は2本ありますね👀。
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町の中心から15分以内で歩けるようなこじんまりした首都。
この街にいると、時間の流れの速度がとてもゆるやかに感じられ、ベンチでのんびりしたくなる気持ちも分かります。

ベンチの傍に咲く小さな花までが癒してくれるというおまけつきでした。
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posted by Backbone at 16:25| モンテネグロ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年10月11日

本日サウジアラビアのリヤドでBTSがスタジアムライブコンサート!

本日10月11日午後7時半(日本時間の12日午前1時半)、サウジアラビの首都リヤドのキング・キング・ファハド国際スタジアムにおいて、韓国の世界的人気アーティストで日本でも人気の高い『防弾少年団(BTS)』のライブコンサートを開かれます。
その映像は日本にも生中継されます。

BTSは、サウジアラビアにおいて、最もストリーミング回数の多いKポップアーティストで、特に10代の若者の人気が高いようです。

このコンサートは、サウジアラビアのスタジアムでアラブ圏以外の歌手が行う初の試み。

ライブスタジアムのあるリヤドの街も大歓迎ムード。
BTSのために街を紫色に変わっています。








ちなみに、紫色はBTSを象徴する色だとのこと。
BTSに詳しい友人から聞いた話では、メンバーの「ヴィ(V)」(愛称はテテ)が「i purple u」と言ってから、ファンの間で紫色が特別な色になったんだとか。
ネット上でも、BTSに関する書き込みには紫色のハートが並び、「I purple u」のいわれについてもいろいろ書かれています。


しかし、しかし、
あのサウジアラビアで?
あの韓国のBTSが?
スタジアムでライブ?

考えれば、これは、かなり衝撃的なニュースです。


サウジアラビアは、先月末、日本や韓国を含む49か国に対して観光ビザの発給を開始すると発表しました。
2016年にムハンマド・ビン・サルマーン皇太子が打ち出したサウジアラビアの脱石油時代を準備するための改革案「ビジョン2030」。
その中の観光産業の成長戦略の一つがエンターテインメント事業でした。
今回のBTSのライブコンサートは、そうした改革の流れの中において、大きな歴史的一歩だと言えそうですね。

今日のコンサートには、アバーヤとヒジャーブに身を包んだ女性もたくさん来ているそうです。

今後、サウジアラビアが、日本人にとっても、より身近な国になっていけばと、ちょっと楽しみです。





posted by Backbone at 19:28| サウジアラビア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年10月10日

10月16日放送のBS-TBS『新・地球絶景紀行』はエジプトです!

BS-TBSの『地球絶景紀行』が、『新・地球絶景紀行』というタイトルで復活します。

初回の2時間スペシャルは、エジプトで撮影されました。


地中海沿岸のアレクサンドリアから、首都カイロやピラミッドのあるギザ、古代エジプトの都であった遺跡の宝庫ルクソールを経て、ヌビアのアブシンベル神殿まで、ナイル川をさかのぼっていきます。

エジプトファンの方だけでなく、古代エジプトや遺跡に関心のある方、海外の生活や食べ物に興味のある方、ただただきれいな風景を見たい方、どなたにもお楽しみいただける番組となっております。

何より、ナイルとその沿岸の美しい映像、まさに“絶景”を、是非ご覧になってください。

BS-TBS『新・地球絶景紀行』
#1 エジプト・ナイル 今昔物語
2019年10月16日(水)放送
初回は2時間スペシャルで、よる9時から放送!




■『新・地球絶景紀行』公式サイトより
日本から飛行機で13時間のフライトで行くエジプト。今回は地中海から南のアブシンベルまで、ナイル川沿い1500キロを大縦断!歴代の王たちが残した4つの世界遺産を巡ります。そこで出会ったのは5000年変わらぬ姿と今を生きる人々が築きあげた絶景です。

旅の始まりはエジプト第二の都市、アレクサンドリア。地中海沿いのこの街は、
エジプト国内だけでなく、ヨーロッパなどから年間何百万人も訪れる人気のリゾート地。この街の特徴は、クレオパトラが愛した街だということ。学校や駅、市場などあらゆる場所にその名前が刻まれ、目の前の海にはクレオパトラがすごした神殿が海底遺跡として埋まっている。そしてもう一つのこの街の名物は何と言っても地中海で取れる新鮮な魚。旬だというボラのグリル焼きや、小ぶりで柔らかいのが特徴のイカをクレオパトラの神殿が埋まっているという地中海を見渡せるレストランでいただきます。

ナイル川沿いにはナツメヤシの実を取る風景が広がる。古代エジプトの時代から変わらず、素足で登って収穫。この実と水さえあれば生きていけるという、砂漠ではかかせない栄養源。エジプトの首都カイロ。人口約1000万人を抱える大都市へと成長。中心部をナイル川が流れ、ピラミッドがあるギザ地区など、いくつかのエリアに別れています。カイロの定番はコシャリというエジプトならではの辛口のファーストフードを食べて甘口のアイスを食べること。カイロに来たらはずせない巨大な市場、ハーンハリーリへも。

そしてギザの3大ピラミッドも。高さは139m、1辺の長さが230mある四角錐の形。200万個以上の石を積み上げて作られている。約4500年前の古代エジプト第4王朝の時代クフ王のピラミッドは2万人もの労働者たちが20年をかけて建設されたといわれています。その当時はナイル川がこの近くを流れていて建設用の切り出した岩や生活のための物資を船で運ぶことで完成しました。
そして息子のカフラー王、そして孫にあたるメンカウラー王のピラミッドが並び立っています。これは3代にわたる王の家族のピラミッドなのです。一番巨大なクフ王のピラミッドの内部へも。最近、新発見があり、日本とフランスとエジプトの共同チームが特殊な技術でクフ王の間の壁の向こうに長さ30メートルの巨大空間があることを発見したそう。

そしてあまり観光客が行かない、ラクダを売るラクダ市場へ。ビルカーシュという村で国中のラクダの商いをする人が集まるところ。そこで思わぬ食体験も。そしてカイロの最後に、出来たばかりのホテルの屋上で素晴らしいピラミッドの絶景に出会う。茜色に染まった空を背景にピラミッドのシルエットが浮かび上がります。

ルクソールはかつてテーベと呼ばれ、古代エジプトの時代、都となった場所。ナイル川をはさんで東西に、たくさんの神殿や遺跡があり、エジプトでも最大級の、カルナック神殿へ。神殿の建築は3500年前に始まり、歴代の王たちによって、増築された。その広さは東京ドームおよそ22個分。建設にかかわった王は30人以上いるといわれている。彼らは、戦いに勝利するたび神に感謝し、神殿の増築を繰り返した。

エジプト史上初女性として最も強大な権力をほこったハトシェプスト女王の葬祭殿へも。葬祭殿とは、王の葬儀や礼拝のために建てられた建物のこと。山の目の前につくられ、当時では珍しい3階建てのデザインも女王が権力を見せつけるために作ったといわれている。
旅はルクソールから、アスワンまでクルーズ船で移動。豪華な客船で優雅な時間が過ごせます。アスワンでは独特の言語や、生活習慣を持つヌビアの人々が住む村へ。

そして旅の最終地アブ・シンベル神殿へ。
紀元前1300年、古代エジプト新王国時代、当時絶大な権力を握った王、ラメセス2世によって建てられたアブシンベル神殿。石造の高さはおよそ21メートル。正面にある4体の像はすべて自身の姿。当時では90歳という驚異的な年齢まで生きながらえ、少なくとも80人の子供を作ったと言われる、エジプト最強の王でした。エジプトで一番最初に世界遺産に認定された神殿。51年前、アスワンハイダムを作る際に人口湖ができて、神殿が水没する危機が訪れた。そのためエジプトの職人たちが、神殿をブロックに切断して運び、今ある場所に、そっくりそのまま、組み立てなおしたという。移築作業に携わった当時の職人の元へ。神殿復活の秘話に迫ります。




posted by Backbone at 14:25| エジプト | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする