2017年01月31日

ジョージア軍用道路の旅(3)ゲルゲティ三位一体教会

カズベキ村に着きました。

現在の正式名称は「ステファン・ツミンダ村」ですが、いまだにロシア時代の「カズベキ村」の名のほうが通っているようです。

村の標高は1750メートル。

ここで4輪駆動車に乗り換えてさらに上っていきます。
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壮大な山々と高山植物。

紫色の花が咲いていました。
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秋には美しい紅葉も見られます。


ずっと下に村が見えます。
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ゲルゲティ三位一体教会が見えてきました。
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標高2170メートルのクヴェミタム山の頂にたっており、「天空の教会」として知られています。

14世紀の建設です。
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目の前には、夏でも雪を頂く標高5047メートルのカズベキ山がそびえたっています。

大コーカサス山脈の5000メートルを超える7つの山のうちのひとつです。


カズベキ山を見守るように十字架が立っています。
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あまりの美しさに息をのみますね。

間違いなく、ジョージアを代表する絶景です。





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2017年01月30日

ジョージア軍用道路の旅(2)ロシア・ジョージア友好モニュメント

カズベキへの道はジョージア軍用道路として知られています。

全長212キロメートル。
ジョージアのトビリシとロシア連邦のウラジカフカスを結ぶんでおり、ヨーロッパとアジアをつなぐ大道脈の役割を果たしています。

この道は太古より知られていたルートで、商人や侵略者によって使用されてきました。
南コーカサス地域の発展にとって、なくてはならなかった道だと言えます。

現在の姿となったのは19世紀後半。
帝政ロシアによって大量の軍用物資が運ばれるようになりました。


このジョージア軍用道路を通って、カズベキ村を目指します。

アナヌリとカズベキの間の道は、ピクニックの車で大渋滞でした!

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あちらこちらにピクニックを楽しむ家族連れがいます。
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途中にこんなホテルもありました。
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標高は徐々にあがっていきます。
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山の中腹にもピクニックの人たちがいます。
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標高が上がるにつれて、山の上の雪が見えてきます。
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十字峠付近から見える景色はまさに「絶景」です!

そこに、ロシア・ジョージア友好の記念モニュメントがあります。

ソ連時代の1983年に建設されたものですが、ロシアとジョージアの関係がよくない時代にも破壊されることなく、現在もキレイな状態で残っています。

モニュメントの内側にはタイルの壁画があり、ロシアとジョージアの歴史の場面が描かれています。

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カズベキ村まではもう少し。

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次回に続きます。



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2017年01月23日

オマーンの水利システム「アフラージ」

昨日放送されたTBS『世界遺産』「オマーンの水利システム」はご覧になりましたでしょうか?

弊社は撮影コーディネートとリサーチを担当しました。


オマーンは、いい意味で、古き良きアラブを感じられる国です。

オマーン国の人口の大半は、北東部の海岸沿いと、標高2500mを越えるハジャル山脈周辺で暮らしています。

この地域には若干の降雨があるため、「アフラージ」と呼ばれる灌漑システムを利用した農業が行われています。

その起源は紀元前5世紀にまで遡るといわれています。

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「アフラージ」とは、アラビア語の「ファラジ」の複数形で、「分ける」を意味します。

「アフラージ」のおかげで、少ない水資源を村人みんなに平等に分配することができ、生活用水を確保すると同時に土地を機能的に利用することが可能となります。


オマーンは、1960年代に石油の輸出を開始して以降、国庫が潤い、農業関連技術の開発と近代化の一環として「アフラージ灌漑システム」の維持補修が行いました。

古代の知恵によって生まれた砂漠の灌漑システムが、今なおオマーンの地で生きている。

そう思って「アフラージのある村」を歩いていると、どこか幸せな気持ちに満たされます。


オマーン国内には、数千に及ぶ灌漑システムがあるといわれていますが、そのうちの5つがユネスコの世界文化遺産に登録されています。


◇番組公式ホームページより

砂漠の村を支える大水路網
水路を張り巡らせる村では、人々は水路で水浴びや洗濯、そしてお祈り前のお清めなどさまざまに利用していました。
日中50度を超える砂漠地帯で水は文字通り命の水なのです。
そして水は最後にナツメヤシの畑に流れ込む仕組み。あますことなく利用するのです。

潜入!地下18mの水のトンネル
山裾の水源から村に水を引くため深さ18mのトンネルを掘り微妙な傾斜をつけて村まで水を引きました。
そして、大切な村には特別な役職「水長(みずおさ)」が置かれました。
水長は各畑に水を流す時間を管理するため村人から信頼のされる人物が選ばれました。

武器にもなったナツメヤシ
部族間の抗争が激しかった頃、ナツメヤシの煮汁を攻めてきた敵に浴びせることもありました。
しかし、今は敬虔なイスラム信者である彼らは毎日の礼拝を欠かさず、その都度ファラジの水で身を清め、礼拝後には必ずナツメヤシを食べる習慣を守っています。
中東オマーンの砂漠地帯に突如現れる「緑のオアシス」。国民食とも言われるナツメヤシの畑です。
そこに2000年以上も前から存在するファラジという灌漑施設。
オマーンには石灰岩の山々が連なりますが、先人はその裾野の地下深くに水脈を掘り当てました。
驚くべき技術でトンネルを掘り、網目のように水路を村中に巡らし、砂漠の生活を可能にしたのです。
水路を中心に生きるオマーンの人々は古きよき中東の生活を守っています。



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2017年01月12日

ジョージア軍用道路の旅(1)アナヌリ

首都のトビリシからジョージア軍用道路を北上してカズベキを目指しました。

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車でトビリシを出発して30分くらいで、ジンヴァリ貯水湖に到着します。

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ジョージアには美しい風景がたくさんありますが、このあたりもそのひとつです。

この景色を味あうために、たくさんの人が訪れています。

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ジンヴァリ貯水湖は、1970年代に建設された人造湖。

このダム貯水湖を造るにあたり、十数カ所の集落が湖底に沈みました。


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当初の計画では、この「アナヌリ教会要塞」も水没することになっていたそうですが、

地元住民の反対運動にあい、ダムの設計変更が行われました。


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見張り用の塔は12〜13世紀の建築です。

その後、17世紀に2つの教会が建てられて、防衛のために要塞化されました。

アナヌリのあたりは、何度も何度も戦地になったようです。


湖畔側にある「聖母マリアに捧げられた教会」内部の南側壁面には、最後の審判を描いたフレスコ画があります。

残念ながら、この教会の大部分のフレスコ画は、18世紀の火事でダメージを受けました。

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次回、さらに北に進んで、美しいカズベキ山を目指します。



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2017年01月02日

謹賀新年

旧年中はたいへんお世話になりありがとうございました

本年もスタッフ一同誠心誠意努力していく所存です

どうぞよろしくお願いいたします

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ツタンカーメンの黄金のマスクのように

世界が輝きを放つ2017年となりますよう

エジプトの地から祈りを込めて!


ラベル:2017年  新年
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