2016年10月30日

ジョージアの首都「トビリシ」

ジョージアの首都はどこでしょうか?

そう、「トビリシ」です。

そもそも「ジョージア」なんて国あったっけ?

と思われる方もいらっしゃるかもしれません。

以前にもご紹介しましたが、「ジョージア」はコーカサス三国の一つで、つい最近まで「グルジア」と呼ばれていました。

日本国政府は、平成27年4月22日以降、国名呼称を「グルジア」から「ジョージア」へと変更しました。


「トビリシ」は、とても魅力的な街です。

トビリシの歴史は古く、紀元前4000年にはすでに人が暮らしていたそうです。

地理的に「文化の交差点」にあったトビリシは、さまざまな民族に支配されてきました。

その歴史が、今日のトビリシの町の姿の多様性に映し出されています。

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トビリシは、ムトゥクヴァリ川沿いに位置しており、三方を山に囲まれています。

街の中心にある歴史保存地区には、17〜19世紀のさまざまなデザインの建物や街並みが残っており、街全体がさながらオープンミュージアムのようでもあります。

イスラーム文化の影響を受けたジョージア伝統様式、ビザンチン、ネオクラシック、アールヌーボー、ソビエト構成主義。

特に、大きくはり出した繊細なバルコニーが目をひきます。

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「トビリシ」という呼称は、「温かい」という意味のジョージア語「トビリ」に由来すると言われています。

ナリカラ要塞の麓にある最古の地区には、イスラーム風デザインのハマム(共同風呂)がありますが、他に温泉施設がいくつもあり、気軽に温泉を楽しめるようになっています。

ナリカラ要塞のある丘の上からは旧市街が見渡せ、景色は抜群です。


ジョージアはキリスト教(グルジア聖教)の国です。

街の中には大小、新旧たくさんの教会があります。

ムトゥクヴァリ川のほとりの丘の上にあるメヒテ教会もそのひとつです。

もともとは5世紀の建造ですが、監獄や劇場として使用されたこともありました。

再び教会として使用されるようになったのは、独立後の1991年でした。

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最後に、トビリシの街中には、ちょっとお洒落なプチホテルが沢山ありますので、その写真をひとつだけご紹介します。

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2016年10月25日

映画『歌声にのった少年』のモデルが育ったのはパレスチナ自治区

映画『歌声にのった少年』、そのモデルとなったのは、パレスチナ自治区ガザ地区にある難民キャンプ出身の歌手「ムハンマド・アサーフ」です。

アラブで人気のオーディション番組「アラブ・アイドル」で優勝し、スター歌手となりました。


今年の夏、彼の撮影コーディネートをさせていただいたのですが、どこに行っても彼は大人気。

いつもファンにかこまれていました。

子供を抱いているのがムハンマド・アッサーフです↓。

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映画『歌声にのった少年』は、今ちょうど日本で公開中ですので、ぜひご覧ください。

◇『歌声にのった少年』オフィシャルサイト
http://utagoe-shonen.com/


◇上映館
http://utagoe-shonen.com/info/




ムハンマド・アッサーフが育ったガザ地区は、種子島ほどの広さで、そこに約185万人が暮らしていますが、パレスチナ自治区には、もう一つ、ヨルダン川西岸地区があります。

この二つの地区は分断されており、つながっていません。

ヨルダン川西岸地区の面積は、5,655平方キロメートル、人口は、パレスチナ中央統計局によると、約290万人です。

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ヨルダン川西岸地区

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住宅

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ヨルダン川西岸の中心都市ラマッラにある多目的タワー。
ホテル、レストラン、ショッピングモール、事務所、結婚式会場などがはいっています。

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アラビックコーヒーを販売するお店


パレスチナには、ユダヤ教、イスラム教、キリスト教、3つの宗教の聖地「エルサレム」があります。

その旧市街は、「エルサレムの旧市街とその城壁群」という名で、ユネスコの世界遺産にも登録されています。


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エルサレム旧市街の主要な門のひとつ「ダマスカス門」

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ダマスカス門付近の路上で野菜を売るパレスチナ人女性達

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狭い通りが迷路の様に続くエルサレム旧市街とオレンジ色の制服を着た小学生たち


エルサレムは、歴史的にも、長い間、その帰属が問題となっており、時事ニュースなどでもしばしば取り上げられます。

現在の地図では、エルサレムは、イスラエルとパレスチナ自治区のヨルダン川西岸の間に位置してます。

エルサレム新市街のユダヤ人が多く暮らす地区には、新しい路面電車が走っており、イスラエルの中心都市であるテルアビブまでは、新しい鉄道で結ばれています。

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ユダヤ人地区の路面電車


しかし、その一方で、エルサレムからとパレスチナ自治区・ヨルダン川西岸の間には、長い高い壁があります。

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そのため、ヨルダン川西岸からエルサレムに行くには、検問所を通過しなくては行けません。
その手続きは、1時間以上かかることもあります。

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複雑な政治状況の中で、困難な暮らしを余儀なくされているパレスチナにおいて、ムハンマド・アッサーフは、希望を与える存在です。

ムハンマド・アッサーフ自身も、ふるさとをとても愛していると語っていました。


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2016年10月19日

アブダビの「シェイク・ザイード・グランド・モスク」

その豪華さゆえ、アブダビを訪れる人必見といわれtている建築があります。

2007年に完成した「シェイク・ザイード・ビン・スルタン・アル・ナヒヤーン・モスク」です。

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82個のドームと4つのミナレットを持つ真っ白な外観、

1000本以上の柱と大理石の床、ペルシャ絨毯、シャンデリア、

また、さまざまな箇所に使用されている金と宝石、クリスタル、セラミックなどなど……、

尽くされた贅には目を見張らされます。

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一度に礼拝できる人数は4万人(内部1万人、敷地内3万人)です。


その巨大さもさることながら、世界各国から材料が集められ、優秀な職人が参加したことも注目されました。

アラブ首長国連邦、モロッコ、パキスタン、トルコ、マレーシア、イランなどのイスラーム圏の国々だけはなく、ギリシャ、イタリア、ドイツ、オーストラリア、ニュージーランド、さらには、インド、中国などから、38社以上の企業、数千人の労働者が、建設と材料供給に参加しました。

シェイク・ザイード・グランド・モスクが、まさに世界をつないだわけです。

このモスクは、ムスリム(イスラム教徒)以外にも公開されていますが、モスクの入る前の服装チェックは結構厳しいので、お気をつけて。

1日に何回か無料のガイドツアーも行われています。

真ん中に写っている方がガイドさんです。

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シェイクザイードグランドモスクの公式サイト(英語)はこちら。



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2016年10月08日

週末早朝のアブダビの海岸通り

「UAE、アラブ首長国連邦」ときくと、まず「ドバイ」を思い浮かべる人が多いと思います。

でも、アラブ首長国連邦の連邦首都はアブダビ市なんです。

1971年の連邦結成以来、アラブ首長国連邦の大統領職をつとめているのもアブダビ首長。

アラブ首長国連邦は、ドバイ、アブダビ、アジマン、シャルジャ、ラアス・アル=ハイマ、フジャイラ、ウンム・アル=カイワイン、の7つの首長国で構成されていますが、7つの首長国の中で、最大の面積、人口、収入を持っているのが「アブダビ首長国」です。


アブダビ市は、ペルシャ湾に面した近代都市です。

アラブの都市には、海に面した魅力的な「コルニーシュ通り(海岸通り)」がよくあります。

カタールのドーハしかり。
オマーンのマスカットしかり。
レバノンのベイルートしかり。
そして、エジプトのアレクサンドリアしかり。

エジプトでは、海に面していない町、カイロやルクソール、アスワンにも、「コルニーシュ通り」があります。
そう、ナイル川沿いの道にその名がつけられているんです。


アブダビのコルニーシュも、ビーチに沿って遊歩道が整備されており、気持ちのよい場所となっています。

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週末の朝、遊歩道を歩いていると、ウォーキングをしている人や、つりを楽しんでいる人にたくさん出会います。

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つりをしていたフィリピン出身女性の話では、週末の朝はたいていここでつりをして、つれたらその魚の料理をして食べるとのこと。

どんな魚がつれるのか尋ねたら、「結構いろいろつれるけど、この間はハムールがつれた。でも、今日は全然つれない」と言っていました。

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昼間の暑さは相当なので、みんな、早起きして、早朝に活動しているんですね。

人間だけでなく、猫もです。

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コルニーシュの陸側にはビルが建ち並んでいます。

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アブダビの車道は広いので、コルニーシュ通りを横断して海側の遊歩道にわたるために、明るい地下道が設置されています。

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そうそう、その近くの大通りにかかる長い歩道橋も、なかなかすてきなアラブらしいデザインでした。

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2016年10月03日

シーラーズのハーフェズ廟で小鳥が選んでくれた詩は?

イランで最も敬愛されている詩人、それが14世紀の抒情詩人「ハーフェズ」です。

ペルシャ語圏で、彼の名前と作品を知らない人はいないと言われるほど。

「ハーフェズ(ハーフィズ)」とは、イスラームの聖典「聖クルアーン」をすべて暗唱した人の称号ですが、それが彼の呼称となっています。


彼が生まれ、生涯を過ごしたのが、イランの南西部のシーラーズという町です。

このブログでは、以前、シーラーズのピンクモスクをご紹介しました。

ハーフェズが眠る「ハーフェズ廟」は、そのシーラーズにあります。

イランの国の花「バラ」の咲く美しい庭園となっており、現在もたくさんの人が訪れます。


そこで、日本で言う「おみくじ」あるいは「占い」のようなことをやっていたので、ちょっと面白そうだと思ってトライしてみました。


具体的に言いますと、

「ハーフェズの墓の前で、心に中にある思いや迷いを心に浮かべると、今の自分に必要なメッセージが込められたハーフェズの詩を、目の前の小鳥が選び出してくれる」

というものです。


実際には、おじさんが、少しの笑みも見せず、渋い顔で小鳥の首根っこを掴み、

適当なカードの前に小鳥の顔を押し付けて、

無理やり引かせて、、

といった感じでした。

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答えが書かたカードです↓。

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鳥が選んだっていうか、おじさんが選んだっていうか、、、

いやいや、選んだのは、あくまで、おじさんではなく、鳥です!


だけど、だけど、不思議なことに、おじさんがくれた詩は、そのときの自分の気持ちにぴったりでした。

なんだか心がほわーと温かくなってしまい、その後、結局、ハーフェズの詩集を買ってしまいました。


私は、とってもいいお客さんだったでしょうか(笑)?


posted by Backbone at 13:23 | TrackBack(0) | イラン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする