2021年01月04日

2021年を迎えて

新しい年、2021年を迎えました。
皆さま、本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

2020年、世界の状況は大きく変わりました。
新型コロナウイルスとの闘いはまだ途上にありますが、そうした中においても、我々は、それぞれの頭を切り替え、今できることを考えて、各局面で最善を尽くそうと努力いたしております。

2020年後半は、リモートロケを担当させていただくことが多くなりました。
エジプト及びUAEは、PCR検査の陰性結果があれば、出入国が可能です。
中東、アフリカの国々の中には、PCR陰性証明があれば入国できる国もあれば、入国できても2週間の待機期間がある国、外国人の入国が原則認められない国など様々です。
各国の水際対策及び国内の状況は流動的ですので、常に最新の情報にアンテナを張っております。

入国が難しい国であっても、現地プロダクションと連携して、遠隔指示による業務が可能ですので、撮影、取材、リサーチ等のご要望がありましたら、まずは、お気軽にご相談ください。

新しい年が、誰にとっても、希望にあふれた一年になりますよう、心から祈っております。
どうか、一日も早く、気兼ねなく人に会え、移動できる日々が戻ってきますように!



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2020年11月30日

モンテネグロのプラヴにある伝統的家屋「クラ」

モンテネグロ東部の町プラヴには、クラと呼ばれる古い石造りの塔状の住宅が建っています。

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この住宅の起源は15世紀にさかのぼります。
15世紀に造られたのは1階と2階の石造の部分で、1階が馬や羊などの家畜スペース、2階が住居として使われていました。
戦いの多かった時代には近所の住人が逃げ込んで籠城する防衛の塔としても使用されたとか。
上の木造部分が増築されたのは17世紀だそうです。
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増築後は、2階がリビングルームとキッチン、トイレ、食料保存庫など、3階はにベッドルーム及びリビングルームとして使われていました。
石造部分の2階に木製の出窓が見えますが、そこがリビングルームの場所です。


この住宅の所有者のスコさんに話を聞きました。
スコさんは、現在、40年ほど前に隣に建てた家で暮らしています。
しかし、先祖が代々住んできたこの伝統的家屋のこともとても大切にしているそうです。
伝統的な家屋を丁寧に修復して守っており、保存状態は極めて良好でした。

数ある窓の中でスコさんがとりわけ好きなのはこの窓。
この窓から外の人たちの姿をよく外を眺めていたそうです。
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2階のキッチンです。
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3階のリビングルームとベッドルームです。
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3階は風が強いため、窓を守るために格子状の木製扉がつけられています。
窓の木枠と扉は、修復されてはいるますが、造られた当時と同じだそうです。
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住宅の中には、実際に家族が使ってきた物や、この地方の収集品が飾られていました。
どれもきれいに磨かれていて、一つ一つのものをとても大切にしていることが伝わってきます。
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現在の新しい家のほうにもたくさんの収集品が置かれていました。
大変な数のコレクションです。
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スコさんのような方たちのおかげで、こうした伝統的家屋や道具を次の世代に受け継いでいけるんですね。







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2020年11月29日

コトルの時計塔とそれを守る人

モンテネグロの美しい街コトル。
その中心「武器広場」を囲む建物の中に、コトルのシンボル「時計塔」があります。
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「武器広場」という名は、ヴェネツィア共和国領時代、ここで軍需品が作られ保管されていたことに由来するそうです。


コトルの時計塔は、1602年、ヴェネツィアの知事、アントニオ・グリマルディの命によって建てられました。
「ブンジャト」という石積みの工法で積まれた、地下1階地上3階の頑丈な組積造建築です。
コトルは、1563年と1667年、1979年など、何度か大きな地震を経験しましたが、地震のために、この塔は現在20p程曲がっているそうです。

塔の2つの壁面には、それぞれひとつづつ丸い時計があります。
もともとは4面全部に時計があったのかもしれませんが、2面の壁面は隣の建物に埋もれています。


時計塔の建設から400年以上経っていますが、この2つの時計は今も現役で、正確な時刻を刻んでいます。

実は、それには理由があります。
時計塔の1階に、時計修理店があり、その所有者であるホメン家が、何世代にもわたって時計塔の管理をしているからなのです。

ルジュボミール・ホメンさん。75歳。
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ルジュボミールさんは。毎朝8時頃に時計塔に来て、時計の上部まで登り、大きな石を巻き上げて整備をしているそうです。
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彼は、12歳の頃、父親にこの仕事を習い始めました。
もともとは、19世紀、この時計塔の修理のためにオーストリアから呼ばれた彼の曽祖父が、コトルの美しさに感動して、ここに移住してきたんだそうです。

曽祖父、祖父、父、ルジュボミールさんと、4代の時をつないで、彼らがこの時計塔を守り続けてきました。
だからこそ、この時計塔は今も30分ごとに正確にベルを鳴らしています。


アドリア海沿いの町にはどこも、コトルと同じように、市の時計塔があるとききました。
そのすべての時計塔に、それぞれの物語があるのかもしれません。


ちなみに、コトルの街は、映画「紅の豚」の舞台だとも言われているようです。



posted by Backbone at 16:26| モンテネグロ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年10月19日

種子島から打ち上げられたUAEの火星探査「アル=アマル」はアラブの希望 

2020年7月20日午前6時58分。
UAEの火星探査機「アル=アマル」を載せたH2Aロケットが、種子島宇宙センターから打ち上げられたことが、アラブでも日本でもニュースになりました。
「アル=アマル」は、UAEの建国50周年の2021年に、火星の周回軌道に到着する予定です。

「アル=アマル」とは、アラビア語で「希望」を意味します。
「UAEの次世代を鼓舞し、アラブ、中東の若者に可能性と希望のメッセージを送る」という思いをこめて命名されました。

時を遡って、1960年代初頭。
当時のアメリカ大統領ジョン・F・ケネディは、
「1960年代が終わる前に、月面に人類を着陸させ、無事に地球に帰還させるのが目標である」
と語りました。
有名なアポロ計画です。
このスピーチ通り、1969年7月、アポロ11号は、人類史上初めて月面着陸に成功しました。

UAEの初代大統領となるシェイク・ザーイド・ビン・スルターン・アール・ナヒヤーンは、このアポロ11号の月面着陸を生中継で見ていたと伝えられています。
シェイク・ザーイドは、その後も、宇宙探査に強い関心を持ち続けました。
1976年には、アブダビで3人のアメリカ人宇宙飛行士と面会したそうです。
また、1973年には、当時のアメリカ大統領ニクソンから、アポロ17号が持ち帰った月の石の破片がプレゼントされました。
その石は、現在アブダビ首長国のアルアイン博物館に展示されています。



そして、、、、
2015年UAEナショナル・デイ。
そのお祝いの席で、駐米UAE大使ユースフ・アル=オタイバは、
「アラブ首長国連邦にとって、この計画は、ジョンF.ケネディ大統領のムーンショットのアラブ版です。」
と語りました。
前年7月に発表された『UAE火星ミッションEmirates Mars Mission:EMM』のことです。


このミッションによって、今年7月、日本の種子島から、前述のUAEの火星探査機「アル=アマル」が打ち上げられました。
また、2018年10月には、同じ種子島宇宙センターから、UAE初の国産地球観測衛星が、日本の国産大型ロケット「H-IIA」の40号機に搭載されて打ち上げられていました。

これらのミッションは、UAEの宇宙探査にとっては単なる入口に過ぎません。
2117年までに火星に居住地を建設する「火星移住計画」も発表されています。

この未来を見据えた夢のあるUAEの計画が日本の協力のもとに進められていることは、アラブと日本の間で仕事をしている私たちにとっても、大変うれしいニュースです。


心躍らせ、今後の展開にも注目していきたいと思います。



posted by Backbone at 21:53| UAE | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年10月02日

エジプトのスイーツ(1) クナーファ

クナーファは、エジプトの代表的なスイーツのひとつです。
小麦粉から作った極細の麺状生地で作りますが、その材料自体もクナーファと呼ばれます。
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このアラブの伝統的なお菓子の起源はというと、1000年も前のファーティマ朝にまでさかのぼるんだとか。
エジプトだけではなく広くアラブ、中東、地中海地域の国々で食され、ハチミツだけを入れて焼いたシンプルなものから、カスタードクリームやマスカルポーネチーズをはさんだもの、ナッツやレーズンをトッピングしたもの、大皿サイズから一口サイズまでさまざまです。
それぞれの国に定番の作り方やアレンジがあります。

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ハチミツを入れて焼いたシンプルなクナーファ

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カシューナッツを上に載せた一口サイズのクナーファ

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クナーファのピスタチオ巻き

写真だけで、試食していただけないのが残念ですが、おいしいですよ。
個人的に好きなのは、マスカルポーネチーズをはさんだトッピングなしのクナーファです。


クナーファを焼いているところを見せてくれるスイーツ店もあります。
家庭で作る際には、普通にオーブンで焼きます。
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お店にずらりと並ぶアラブスイーツ

クナーファ以外のスイーツも、また別の機会にご紹介しますね。





posted by Backbone at 00:56| エジプト | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする