2020年10月19日

種子島から打ち上げられたUAEの火星探査「アル=アマル」はアラブの希望 

2020年7月20日午前6時58分。
UAEの火星探査機「アル=アマル」を載せたH2Aロケットが、種子島宇宙センターから打ち上げられたことが、アラブでも日本でもニュースになりました。
「アル=アマル」は、UAEの建国50周年の2021年に、火星の周回軌道に到着する予定です。

「アル=アマル」とは、アラビア語で「希望」を意味します。
「UAEの次世代を鼓舞し、アラブ、中東の若者に可能性と希望のメッセージを送る」という思いをこめて命名されました。

時を遡って、1960年代初頭。
当時のアメリカ大統領ジョン・F・ケネディは、
「1960年代が終わる前に、月面に人類を着陸させ、無事に地球に帰還させるのが目標である」
と語りました。
有名なアポロ計画です。
このスピーチ通り、1969年7月、アポロ11号は、人類史上初めて月面着陸に成功しました。

UAEの初代大統領となるシェイク・ザーイド・ビン・スルターン・アール・ナヒヤーンは、このアポロ11号の月面着陸を生中継で見ていたと伝えられています。
シェイク・ザーイドは、その後も、宇宙探査に強い関心を持ち続けました。
1976年には、アブダビで3人のアメリカ人宇宙飛行士と面会したそうです。
また、1973年には、当時のアメリカ大統領ニクソンから、アポロ17号が持ち帰った月の石の破片がプレゼントされました。
その石は、現在アブダビ首長国のアルアイン博物館に展示されています。



そして、、、、
2015年UAEナショナル・デイ。
そのお祝いの席で、駐米UAE大使ユースフ・アル=オタイバは、
「アラブ首長国連邦にとって、この計画は、ジョンF.ケネディ大統領のムーンショットのアラブ版です。」
と語りました。
前年7月に発表された『UAE火星ミッションEmirates Mars Mission:EMM』のことです。


このミッションによって、今年7月、日本の種子島から、前述のUAEの火星探査機「アル=アマル」が打ち上げられました。
また、2018年10月には、同じ種子島宇宙センターから、UAE初の国産地球観測衛星が、日本の国産大型ロケット「H-IIA」の40号機に搭載されて打ち上げられていました。

これらのミッションは、UAEの宇宙探査にとっては単なる入口に過ぎません。
2117年までに火星に居住地を建設する「火星移住計画」も発表されています。

この未来を見据えた夢のあるUAEの計画が日本の協力のもとに進められていることは、アラブと日本の間で仕事をしている私たちにとっても、大変うれしいニュースです。


心躍らせ、今後の展開にも注目していきたいと思います。



posted by Backbone at 21:53| UAE | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年10月02日

エジプトのスイーツ(1) クナーファ

クナーファは、エジプトの代表的なスイーツのひとつです。
小麦粉から作った極細の麺状生地で作りますが、その材料自体もクナーファと呼ばれます。
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このアラブの伝統的なお菓子の起源はというと、1000年も前のファーティマ朝にまでさかのぼるんだとか。
エジプトだけではなく広くアラブ、中東、地中海地域の国々で食され、ハチミツだけを入れて焼いたシンプルなものから、カスタードクリームやマスカルポーネチーズをはさんだもの、ナッツやレーズンをトッピングしたもの、大皿サイズから一口サイズまでさまざまです。
それぞれの国に定番の作り方やアレンジがあります。

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ハチミツを入れて焼いたシンプルなクナーファ

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カシューナッツを上に載せた一口サイズのクナーファ

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クナーファのピスタチオ巻き

写真だけで、試食していただけないのが残念ですが、おいしいですよ。
個人的に好きなのは、マスカルポーネチーズをはさんだトッピングなしのクナーファです。


クナーファを焼いているところを見せてくれるスイーツ店もあります。
家庭で作る際には、普通にオーブンで焼きます。
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お店にずらりと並ぶアラブスイーツ

クナーファ以外のスイーツも、また別の機会にご紹介しますね。





posted by Backbone at 00:56| エジプト | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年09月23日

エジプトのハトの塔とハト料理

世界最大級の三角州、ナイル川河口の『ナイルデルタ』では、5千年前にすでに耕作が始まっていました。
壮大な遺跡を数多く残しているジプト文明の発展には、農業が大きく寄与したのは確かです。


ナイルデルタのある村に向かう途中で、ハトの塔(ピジョンタワー)が林立する村を見つけました。
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エジプト及び中東地域では、農業の黎明期からハトを飼っていたようです。

ナイル川沿いやナイルデルタの村落で目にする伝統的なピジョンタワーは円錐形の土の塔です。
そのデザインのディテールは様々で、美しい農村の風景を形成する一つのアイコンとなっています。
都市部には、木製の直線的なデザインのハトの家も見られます。


当初、ハトの飼育の目的は、食用と卵だったそうですが、後にハトの糞を乾燥させたものが肥料になることに気づき、ピジョンタワーの床にたまったハトの糞を集めて利用するようになったようです。
(イラン人の研究者Aryan Amirkhani他の2010年の論文による)

イランのハトの塔にも魅力的なデザインのものがたくさんあります。
円錐状の塔は、何千羽というハトを繁殖させ、下で糞を集めるのに有効だったんですね。


古代エジプトにおいて、ハトは、ナイルの氾濫時の通信手段としても利用されていました。
(エジプト人の研究者Sherif Ramadan他の2011年の論文による)

しかし、なんといっても、ハトは、エジプト人にとって重要な食材のひとつです。
「ハトの丸焼きのマハシ(味付けご飯を中に詰めたもの)」
「ハトのグリル」
現代エジプトのごちそうのハト料理は、はるか昔古代エジプトの時代にすでに食されていました。

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もし食用の鳩が手に入るようでしたら、クックパッドにもレシピが載っていますので、是非作ってみてください。
美味しいですよ。


posted by Backbone at 18:02| エジプト | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年08月27日

テレビ朝日「世界の街道をゆく」9月の放送はアゼルバイジャン!

弊社が撮影コーディネートを担当した下記の番組が再編集され来月放送予定です。

テレビ朝日『世界の街道をゆく』
コーカサス 思い重なる歴史の道・アゼルバイジャン(仮)
2020年9月1日(火)〜9月30日(水) 毎日午後8:54〜



■公式サイトより
ヨーロッパの東。北海道ほどの広さに、およそ1000万人が暮らすアゼルバイジャン共和国。古代より天然ガスや石油が湧き、今急速に発展を続ける国だ。第2のドバイとも呼ばれる首都・バクー、コーカサス山脈奥地の村・キナリック、ワイン発祥の地で消えかかったブドウ作りを復活させた村・マドラサ、少数民族ウディが暮らす村・ニジ、かつてシルクロードの隊商が行き交った古都・シェキ、5〜6世紀に拓かれたというシルクロードのオアシス都市・ガンジャ・・・。カスピ海とコーカサス山脈がもたらす恵みの土地では、この地を過ぎ去った数々の歴史を今に伝える人々と出会うことができる。大国に挟まれ、歴史に揉まれて来たこの地で、誇り高く民族の歴史を守り続ける男や女たち。シルクロードの要衝であったアゼルバイジャンの街道を辿る。ヨーロッパの東。北海道ほどの広さに、およそ1000万人が暮らすアゼルバイジャン共和国。古代より天然ガスや石油が湧き、今急速に発展を続ける国だ。第2のドバイとも呼ばれる首都・バクー、コーカサス山脈奥地の村・キナリック、ワイン発祥の地で消えかかったブドウ作りを復活させた村・マドラサ、少数民族ウディが暮らす村・ニジ、かつてシルクロードの隊商が行き交った古都・シェキ、5〜6世紀に拓かれたというシルクロードのオアシス都市・ガンジャ・・・。カスピ海とコーカサス山脈がもたらす恵みの土地では、この地を過ぎ去った数々の歴史を今に伝える人々と出会うことができる。大国に挟まれ、歴史に揉まれて来たこの地で、誇り高く民族の歴史を守り続ける男や女たち。シルクロードの要衝であったアゼルバイジャンの街道を辿る。



コロナ禍の現在、簡単に海外旅行に行ける状況ではありませんが、だからこそ、テレビを通して魅力あふれるアゼルバイジャンに是非触れてみてください。

少しだけ写真もご紹介しますね。

◆バクー
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◆シェキ
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posted by Backbone at 17:02| アゼルバイジャン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年08月04日

ソーシャルディスタンスのメッカ大巡礼(ハッジ)

イスラームの5行のひとつ、メッカ大巡礼(ハッジ)が、7月29日から8月2日までの5日間行われました。

毎年、世界中から200万人以上の巡礼者がサウジアラビアの聖地メッカを訪れるのですが、新型コロナウイルスの影響で、今年のハッジは、今までとは全く異なる状況で行われました。

巡礼者がカーバの周りを回るタワーフの例年の様子はこのような感じでした。
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そして、今年の光景は、このような感じです。

Facebook「Masjid Al Haram」今年のタワーフの動画  (ここをクリックしてご覧ください!)

カーバについて少しでも知っている人にとっては、驚きの映像でしょう。


サウジアラビア政府は、全員の常時マスク着用はもとより、体温測定、消毒、ウイルス検査など、できる限りの感染予防対策を講じる決意とともに、国籍は関係なくサウジ国内在住の健康な者だけに巡礼を認めることを決定しました。
WHOも、2020年のハッジ巡礼者を制限するサウジアラビアのこの決定を歓迎しているとの報道もありました。


イスラム―の5行のひとつ、「ハッジ」は、健康や財力が許す限り、少なくとも一生に一度果たすべき義務とされています。
メッカ大巡礼に行くためにお金をため、早くから予約している人たちも世界にはたくさんいます。

ムスリムの多いインドネシアなどでは、「今申し込んで、実際にハッジに行けるのは40年後なんだ。今その予約をしておくんだ」というような話を何度も聞いたことがあります。
そう思うと、今年、ハッジに行く予定だった世界中の200万人を超える人たちが、来年、あるいは再来年、本当にハッジに参加できることを、そういう世界が来ていることを、心から願います。

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巡礼には、年に一度の大巡礼(ハッジ)のほか、いつでも行ける小巡礼(ウムラ)があります。
今年1月、インドネシアのある企業が、史上初となる「DIYウムラ(小巡礼)プラットフォーム」を開設したという記事を読みました。
そこには、インドネシアから毎年100万人の巡礼者がメッカを訪れていることが書かれていました。

今年1月の時点では、新型コロナウイルスがその後の世界を一変させてしまうことなど、想像もしていなかったでしょう。


Withコロナの時代、人間は、知恵と対応力が試されているようです。
しかし、どんな状況にあっても、人間は、柔軟に、しなやかに、あらゆる局面に対応し続けていける力をもっていると、信じたいですね。




posted by Backbone at 13:26| サウジアラビア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする